生成AIがクリエイター教育にもたらす未来と課題~教員の使命とは~
2024年10月22日作成
はじめに
デジタルハリウッドでは、生成AIを活用した教育実践事例や、デジタルハリウッド大学の院生たちのリアルな生成AI活用方法についてインタビューをしてきました。
参考
:【大学教育】AdobeFirefly×教育実践事例インタビュー|AI活用のメリットとは
https://academy.dhw.co.jp/knowledge/generativeai-interview-1/
:【第2弾】生成AI×教育実践事例インタビュー|教員業務効率化とChatGPT活用術
https://academy.dhw.co.jp/knowledge/generativeai-interview-2/
:デジタルハリウッド大学院生によるリアルな生成AI活用方法(1)
https://academy.dhw.co.jp/knowledge/student-interview-1/
:デジタルハリウッド大学院生によるリアルな生成AI活用方法(2)
https://academy.dhw.co.jp/knowledge/student-interview-2/
今回は、デジタルハリウッド大学大学院の白井暁彦特任教授にインタビューをし、生成AIが台頭したことで学生が今後直面する問題と、教員は生成AI時代に何を教える必要があるのかについてお話をお伺いしました。
白井特任教授プロフィール
AICU Inc. CEO, Hidden Pixel Technology Inc. CEO。
東京工業大学 知能システム科学 博士(工学) 。専門はVRエンターテインメントシステム、触覚技術、GPU応用、多重化ディスプレイ、体験の物理評価、国際連携。日本バーチャルリアリティ学会 IVRC実行委員,フランスLaval Virtual評議員,芸術科学会副会長。
2018年より「GREE VR Studio Laboratory」 Directorとして、VTuber関連技術をはじめとするXRエンターテインメントにおける未来開発,異業種R&D連携強化,業界振興・イノベーション型人材の支援発掘や育成を中心に、自らエンタテイメントのライブプレイヤーとして世界に向けた発信活動を行っている。
デジタルハリウッド大学 教授・教員紹介
Q: 生成AIによって社会はどのように変化しているのでしょうか?
A: 世の中ではさまざまな新しい技術が開発されていますが、シンギュラリティ(※1)がすでに到達していると思っていただいて良いかもしれませんね。生成AIによって仕事が無くなったり報酬が下がったりしているというデータも出ているため、生成AI時代に目を背けるわけにはいかなくなってきています。クリエイターやエンジニアを目指している学生さんたちは、こういった社会の流れを特に注視する必要があります。
(※1)人工知能(AI)が人間の知能を超える時点のこと。その瞬間以降、技術進化が急速に進み、社会や人類に大きな変化をもたらすと考えられている。
Q: まさに時代が変わっているということですね…!
A: 生成AIの時代は、皆が同じ電車に乗せられている状況と一緒なんですよ。同じ電車に乗っているので出し抜こうとするのは難しいです。しかも、今それがどれくらいのスピードで進み、どこへ向かっているのかも分かっていない人がとても多いです。まあ、それが嫌だというのであれば電車を降りるしか無いですし、それも自由です。
一方で、NVIDIAをはじめとする企業は生成AIの全体像を理解し「生成AIはどこでもうかるのか」を考え、根本的で確実な価値を生み出すことで競争を勝ち抜いています。そこで私は、院生に対して生成AIの全体像や本質的な価値に目を向けた指導をするようにしています。
Q: 白井先生が生成AIの指導をしている学生さんについて詳しく教えてください。
A: 例えば、RUNO.さんという方がいます。彼女は昼間のお仕事もデータサイエンティストであり、生成AIの「かなりの使い手」です。「AIインフルエンサー女子」的な立場で働ける力を持っていますが、いわゆる「女子っぽい世界」があまり好きではないようなんですね。そこで、性別にこだわらず自分が「かわいい」と思えるものを作りnoteで発信をするよう勧めた結果、2000件以上の閲覧がなされるようになり、性別関係なく、なりたい自分の姿で社会的に影響を持つようになってきました。
また、Shoさんという院生には実際に僕が仕事を発注して、LINEやクラウドで動作する「AI確定申告さん」という生成AIボットの実験、開発、論文化をしてもらいました。
私は一貫してテクニカルなスキルを指導するだけではなく、そのスキルを発信し、価値を生み出すことを重視しています。
Q: 学生たちはどのようにAIを利用していますか?
A: 絵が描ける学生はAIを嫌う傾向がありますが、私が授業内で生成AI活用を促しているのもあり、描けない学生は素材を生成するために利用しています。ただし、絵が描ける学生が、アイデア出しのツールとして使うこともあります。
Q: 白井先生が指導している学生さんは、生成AIを駆使して先進的な取り組みをしているのですね。そこで、専門学校をはじめとするより多くの学生さんに生成AIを活用して価値を生み出す作り手となってもらうために、教員はどのようなアプローチをしていけばよいのでしょうか?
A: ここまで生成AIの話をしておいて一見矛盾するかもしれませんが、学生を作り手として成長させるためには、安易に生成AIを勧めるのは慎重になる必要があるかもしれませんね。もちろん、「生成AIを学びたい!」という人には「先生ができるレベルまで」を目標に教えてよいとは思います。
たとえば漫画・イラスト系を学ぶ学生の場合、彼らは「絵を描きたい」と言って入学してきます。それにもかかわらず、教員が「画像生成AIでこのようなことができますよ」と言ってしまうと、ただ腹が立つだけなんです。自分の年上の世代は絵を描いて食べてきたかもしれないけど、若い子たちはプロとして経験を積みたい、にもかかわらずハードルが上がってしまっています。くじかれる要素しかない。
しかし、絵を描きたいという気持ちや努力をしたいという気持ちは尊いものです。だからこそ、先生方はその気持ちに向き合って、リスペクトしてほしいです。そもそも「なぜ絵が描きたいのか?」というと、世界を作って、それに共感する人々とつながって、ワクワクしたいからだと思うのです。なので、指導者としてはモチベーションに真剣に向き合う必要があると思います。
一方で、生成AIを学びたい学生に対して指導をする際は、モラルも一緒に教えることが重要だと思います。
Q: 今後、学校業務においてどのように生成AIを活用する予定ですか?
A: 来年のシラバス作成にもAIを利用する予定です。一回、プロンプトを入力して16回のカリキュラムを作成できるのかな?と思いやってみたんですけど、出来そうでした。例えば、デザインにおける認知特性の授業をしようと思うじゃないですか。そこで「認知特性について分かりやすく学生に教えてください」とプロンプトを打つと、本に無かったり、思いつかなかった観点からChatGPTが回答してくれるんです。引用元の資料の補足や肉付けをする際にも使えますね。
Q: どのようなモラルを教える必要がありますか?
A: 私は「画像生成AIクリエイター仕草(※2)」を書いたのですが、ここでは子どもでも分かるように「すべきこと」と「すべきでないこと」を明記しています。
例えば、NijiJourney(※3)で他のユーザーが生成した画像を「自分のブログ」に自分の著作として利用したり、生成された画像をブレンドして新たな画像を生成したりすることを想定します。この行為はモラル的に一見NGだと思われますが、法律的には問題が無いんです。そこで、法律的に可能かどうかだけで判断するのではなく、クリエイターとしての価値観や倫理、責任ある技術の使用といったもののすべてを「分かる状態で」教える必要があると思っています。
たとえ技術が進化しても、過去の常識やリスク、感情、マナー、モラル、責任を無視して混乱を引き起こすようなことはやるべきではありません。また、スキルがあるからといって他者の作品を批判したり、生成AIだから安く無償で簡単に作れる、楽して儲けられると誤解させたりするようなことは避けるべきです。
私たちは、生成AIの技術をこのような人に与えたくないと考えていますし、生成AIを活用する人へのネガティブなイメージをもたらしかねないと考えております。そのため、先生方にはモラルや倫理を教えていただきたいです。それが教育者や開発者の責任でもあります。
(※2) https://ja.aicu.ai/sbxl/moral/ 参照
(※3)画像生成AIサービス
Q: クリエイター志望の学生を指導する先生方にメッセージをお願いします。
A: 冒頭に生成AIが仕事を奪っているという話をしましたが、生成AIに仕事を奪われるというよりも、学ばない人、研究しない人の仕事が奪われると思っていただくと良いと思います。
今後はクリエイターに求められるスキルや役割は急速に増えていき、できるだけ短い時間で作るためにAIを活用することになると思います。そこで、生成AIを使うのであれば、それをブランド力を高めるために使用するべきということは指導してあげたいですね。それが無ければ、「良い作品を作ったね」という自己満足で終わってしまうからです。
また、自分のアイデンティティとして持つべきものを見つけ、それを他の人に伝えるための情報を発掘したり言語化したりする能力も重要です。そういった部分も意識し指導できるようになると良いと思います。
Q: なるほど。先生方の指導力が問われますね。
ここから先が重要です。たとえ生成AIが台頭したとしても、先生方の過去の経験や苦労、涙を通して得られた価値に自信を持っていただきたいと思います。生成AIが台頭する前から、先生方は学生たちを卒業させ、彼らの「分からない」を「分かる」に変えてきたプロフェッショナルなのですから。学生は2倍速、3倍速で物事を捉えることが得意かもしれませんが、「人生の年輪」がある先生方は、豊富な経験から物事をより深く、立体的に見られるはずなので、自信を持っていただければと思います。
また、現在、生成AIを使っている皆さんは「不便な自転車に乗っている」ようなものと変わりないと思っていただいてもよいかもしれませんね。歩くという選択肢もありますが、たとえ不便でも自転車に乗り慣れておくことで、未来に向けた準備ができるのです。
AIもまだ発展途上で、不便な部分が多いかもしれませんが、その不便さは「楽しさ」だと認識できると一流です。これに慣れることで、将来の大きな進歩をより早く受け入れることができるでしょう。
生成AIの初期には、指が多く出てくるなどの不具合があった時代もありました。しかし、そうした時代を知っているからこそ、倫理や正しい使い方を教え、その技術をどう使いこなすか、一過性の技術ではなく、責任を持って教えていくことが大切になってくると思います。
AI技術の使い方や、特に機械学習の使い方、さらにその教え方を学ぶことは、確実な価値になります。その価値を教えられる先生や学校、研究できる機関や環境が存在すること自体が、社会において非常に大きな意味を持ちます。また、私たち教育者がその価値を提供していくことそのものが研究であり、その使命になると考えています。