デジタルハリウッド大学・杉山学長インタビュー|生成AIと人類の未来とは?

2025年3月12日作成
はじめに
デジタルハリウッドアカデミーでは、デジタルハリウッド大学の教員、学生、卒業生のクリエイターによる生成AIの活用事例を紹介してきました。
今回は、デジタルハリウッド大学の杉山知之学長に、生成AIによって教員の役割がどのように変わるのか、また、デジタルクリエイティブ領域以外の専門学校や教育機関での生成AIの活用について、お話を伺いました。
デジタルコンテンツ業界の先駆者であり、デジタルハリウッドの設立者でもある杉山学長は、ALS(筋萎縮性側索硬化症)と向き合いながら、どのような未来を予測しているのでしょうか。ぜひ、ご一読ください。
杉山知之学長プロフィール
日本大学理工学部建築学科卒業、大学院理工学研究科修了後、日本大学理工学部助手となり、コンピューターシミュレーションによる建築音響設計を手がける。代表作にBunkamuraオーチャードホール・コクーンホール、名古屋総合体育館、京都府民ホールなど多数。その後、MITメディア・ラボ客員研究員、国際メディア研究財団準備事務所・主任研究員、日本大学短期大学専任講師を経てデジタルハリウッドを設立。著書「クール・ジャパン世界が買いたがる日本」(祥伝社)など多数。
https://www.dhw.ac.jp/faculty/teacher/sugiyama/
本記事のサムネイルは杉山学長の連載noteの挿絵
Q:自己紹介をお願いします。
デジタルハリウッド学長の杉山知之です。僕はパソコンがこの世にない1970年代初頭からコンピューターを使ってきました。コンピューターが世界を変えて行く瞬間を何度も最前線で体験してきました。
インターネットとスマートフォンの組み合わせで人類社会が大きく変化してしまったことなど、いまさら誰も思い返したりしないでしょう。最初のスマホであるiPhoneが発売されて、たったの17年です。もうスマホを持っていない自分を想像できませんよね。
しかし、そのスマホ普及よりはるかに大きい変革が始まりました。それが2022年12月からの実用レベルの生成AI・ChatGPTの登場です。大手のIT企業から次々と生成AIサービスが開始され、週単位での進化には驚愕を覚えずにはいられません。しかし、一歩引いて全体を見渡せば、人類が進む方向を見通すことは難しくありません。恐れることは何もありません。では質問に答えて行きましょう。
Q:生成AIの出現によって教員の役割は今後変わると思いますか?
僕は25歳から71歳の今まで、ずっと教員を職業としてやって来ました。教員の本質は、一人ひとりの学生に寄り添って、彼らの学習プロセスに伴走することだと思っています。多くの学生を抱える教員が、それをやる時間をとることは、これまでは不可能だったと思います。しかしこれからは、担当教科を学生一人ひとりの理解度に合わせて、手を替え品を替え懇切丁寧に教えることは、生成AIがやるのです。そこは人間の教師より得意です。
人間の教員の役割は、よく言われるようにメンターとなります。学生の心に寄り添いつつ成長を促す、これだけでも十分に難しい仕事ですよね。さらに言うなら、生成AIからもたらされる学習データを参考にしつつ、学生のプロデューサーのような役割ができるはずです。そこまでいけば素敵だなと思います。
Q:デジタルハリウッドの教員・学生には生成AIをどのように使ってほしいですか?
デジタルハリウッドでは、教員の間で「AIと教育」のような議論が出ることは無かったのです。コンピューターに関する新しいトレンドを教育に取り込むことは、あまりにも当たり前だからです。もちろん学長として学内に何か声明を出したこともありません。
レポートをAIで書かれていたら、どうするのか?みたいな議論が世間では出ていたようですが、教員が新たな方法で当該教科に対する成績評価をすればよいだけです。
アナログ表現が得意な学生に生成AIに対する嫌悪感が走ったのは、すぐに感じました。しかし、2024年2月の卒展(卒業制作展覧会)には、生成AIを取り込んだ卒業制作がいくつも現れ、2025年の卒展では、特に生成AIが強調されることもなく作品に溶け込んでいました。生成AIを使いこなすクリエイターが育っているのです。圧倒的に最新技術を肯定する文化が成しえる現象です。浅薄でしょうか?しかし、誰かがチャレンジしなければ未来は創れないのです。
笑顔の杉山学長。テキストを通して学長にインタビューを実施しました。
Q:情報・芸術系「以外」の専門学校(例:医療、福祉など)や学校教育機関の教員・学生は生成AIとどのように関わっていくとよいと思われますか?
僕はALSの患者です。すでにほぼ全ての筋肉は動きません。人工呼吸器を付け、胃ろうから栄養を摂り、かろうじて生きながらえています。多くのナース、ヘルパーの方々に支えられる生活でリアルに感じるのは、この現場をAIに裏打ちされたロボットが代替する世界はまだ来ないなという実感です。車の自動運転よりはるかに難しい世界だからです。
一方、国や自治体の制度を利用する保育や介護の世界には、膨大な事務処理が付きものですが、これはAIが解決できるところです。さらにAIが現場を見守ることにより、起きていることを分析し、保育や介護のチームのコミュニケーションを助けるでしょう。
それぞれの現場で、こんなツールがあったらよいなと気が付いたものは、AIを使って、保育士・看護師が自ら簡単に作れる世の中となったのです。結果、生成AIが、利用者と人間的なコミュニケーションをとる時間を大幅に増やすことになるのです。プログラミングせずに欲しいツールを作る技術は、どんな分野の学生も絶対に学ぶべきことになったのです。
Q:教員や保護者の中には(こどもは生成AIから目を背けられないにもかかわらず)生成AIに重要性を理解しながらも使わない、使えない、積極的に取り入れようとしないケースがあるようです。このような現状をどのように打破するとよいと思いますか?
このことに対する僕の見解は、一言で言えば、非常に冷酷なものです。1990年代、僕が公立小学校に児童ひとり1台のパソコンを入れた授業を導入した時、パソコンはこどもに有害だと多くの反対意見を頂きました。今はどうなっているでしょう? 現状を打破するなんていう挑戦は僕はしません。人々が保守的なのは、いつものことなので。僕とデジタルハリウッドがやるべきことは、確かに良いと評価される事例を作ることだけです。
新しいテクノロジーが生まれ続け、それが広まることは人類社会では必然なのです。私たちができることは、テクノロジーを良きことに使おうと努力し続けることなのです。地球上どこへ行ってもAIから逃げることはできない世界が来た、これが事実です。
生成AIは、これまでのどんな新技術より早く社会に浸透しています。それは使うことによる経済合理性がはっきりしてしまったからです。これを使わなければビジネスの世界では生き残れないことは、もはや明白なのです。ですから社会は変革期に入っているのです。
後5年で様々なAIに囲まれて生活することが当たり前になる世の中に対して、大人がこどもたちに教えるべきことは、何でしょうか? この問いに誰もが真剣に取り組むことでしか、人類社会の存続は無いと言える事態を迎えたと僕は認識しています。
人類文明がどうなるのかの分岐点に、今生きている私たち全員が立たされているのです。解決が迫られるあらゆるシリアスな問題を大量に抱える人類社会、こどもたちは、自分たちの孫をその胸に抱けるのだろうか?と想像してみてほしいのです。
この場に及んで、人間が5000年余りの時間の中で生み出し伝承してきた、すべての知を誰でもが縦横無尽に使えることに背を向けられるのでしょうか?