【第5弾】生成AI×教育実践事例インタビュー|学生の「生成AI依存問題」と正しく向き合うコツ
2024年11月15日作成
はじめに
生成AIの台頭により、教育の現場でも大きな変革が進行しています。デジタルハリウッドでは、教育分野での生成AIの役割や、その活用方法を探るため、大学や大学院の教員・学生へのインタビューを継続的に行っています。今回は、デジタルハリウッド大学大学院の西原祐一特任教授にインタビューを実施しました。
※前回記事はこちら
:【第4弾】生成AI×教育実践事例インタビュー|「生成AIを使わない」プログラミング授業と今後の展望
https://academy.dhw.co.jp/knowledge/generativeai-interview-5/
西原特任教授プロフィール
東京大学理学部物理学科卒業、同大学院理学系研究科修了後、NTTサイバースペース研究所にてマルチメディアデータベースの研究に従事。その後、株式会社DeNAにてシステム開発、新規事業開発を経験し、最高技術責任者としてCNET Networks Japanおよび株式会社スペースキーの経営に携わる。
現職グーグルにおいては、広告技術営業部アジア太平洋地域マネジャーを担当。また、社内マネジャー向け研修の講師として、世界中の多様性のある社員の成功を導くためのマネジメント方法について指導。他に社内副業としてAI導入プロジェクトのグローバルリーダー、SDG関連スタートアップの支援なども実施。
デジタルハリウッド大学 教授・教員紹介
Q: 西原先生が現在担当している「ビジネスプランニング特論」について、概要を教えていただけますか?
A: 主にビジネスを経験したことがない学生さんを対象に、将来自らの会社を起業する場合や、既存の企業の中で社内起業を行う際に役に立つビジネスプランニングを学ぶ授業です。
全体で8回の授業で、毎回課題を提出してもらっています。その課題を通して、ビジネスプランニングに必要な要素を一通り体験できるようにしています。具体的には、ビジネスアイデアの創出から始まり、ターゲット設定、製品やサービスの提供方法、口コミ拡散、収益化、初期投資や回収計画などの事業計画についてもカバーします。
Q: 授業で生成AIをどのように活用していますか?
A: まず、複数の生成AIを比較しながら紹介しました。具体的にはChatGPTと、GoogleのGemini、AnthropicのClaudeの3種類を比較する形で使いました。ChatGPTとGeminiは無料版と有料版も紹介しました。それらを比較して、同じプロンプトを入れた時にどのように違いがあるかを見せながら、授業を進めていきました。
例えば、生成AIに「ビジネスのアイデアを30個出してください」というプロンプトを投げて、その結果を見せました。ビジネスプランニングの際は、アイデアを沢山出すことが重要なのですが、生成AIは簡単に30個のアイデアを一気に出してくれます。アイデアを出してもらった後は、更に自分のアイデアを加えてプロンプトを修正し洗練することも可能です。もちろん、時間をかければ自分で30個のアイデアを出せますが、生成AIを使うことで効率が良くなるという点を強調しました。
Q:授業に生成AIを組み込んだ経緯を教えていただけますか?
A: 「失われた30年」という言葉があるように、日本には経済成長があまり進んでいなかった時代があります。その理由の1つとして、経営者が技術、特にIT技術に疎く、積極的に取り入れなかったことがあると思います。しかしその間に、他の国々ではITを積極的に取り入れ、経営が成長し、世界的な市場を席巻しました。ここから私は、ビジネスを行うにあたって技術、特に最先端技術に触れ、知っていることは必須だと考えています。そこで、本授業を受ける学生には、生成AIについてもきちんと理解してほしいと思いました。使うか使わないかは個人の判断ですが、少なくとも知識を持った上で、使わない選択をしてもらいたいという思いがあります。
また、ビジネスを行うためには多くの分野をカバーしなければなりませんが、生成AIは世界中のさまざまな知識を詰め込んでいるため、自分の不得意分野の知識でも、生成AIを活用することでカバーが出来るのです。例えば「対象顧客のペルソナを考えて、そのペルソナが自分の製品を使うストーリーを書いてください」という課題があったとします。文章を書くのが得意な人ならスラスラと書けるかもしれませんが、苦手な人もいます。しかしそういった苦手な部分も生成AIを使えば、簡単に処理できてしまうんです。不得意分野であっても、生成AIを使えば簡単にできるということを学生たちに知ってもらいたいという意味でも生成AIを導入しようと決めました。
Q: 授業内で複数の生成AIを比較して使われたということですが、一番良いと感じた生成AIはどれでしょうか?
A: 私は一応Googleの社員でもあるので、本来ならGeminiと言いたいところですが、それぞれ特徴があります。いろいろな質問に対してほどよい回答をしてくれるという点ではChatGPTが使いやすいと感じました。プロンプトをうまく使うと、非常に良い回答を出してくれます。
Geminiは少し「いい子ちゃん」な回答をしがちで、過激な内容や挑戦的なものに対しては予防線を張ったような回答が多いです。少しつまらないという印象もありますが、Googleは、正しい情報を世界中の人に届けることを使命としています。誤った情報をどう防ぐかにかなり力を注いだ結果、「いい子ちゃん」な回答になるのだと思います。
Claudeはあまり使いませんでした。当時はまだリリースされたばかりで、十分にチューニングされておらず、あまり良い回答が得られなかったからです。今はおそらく改善されていると思います。
Q: 実際にGoogleさんでも生成AIは使われているのでしょうか?
A: はい、社内でも非常に幅広く使われています。私たち社員は、まだ社外に公開していない最先端のモデルも使うことができるので、その発展の仕方もある程度わかります。
Q: 授業に生成AIを組み込んだことで、どのような成果が上がりましたか?
A: ほとんどの学生が途中でドロップアウトすることなく、授業についてきました。課題の提出状況を鑑みると、生成AIのおかげで苦手な分野の回答をカバーできた可能性がありますね。この授業は今年初めて開講した授業だったので生成AIを使わない授業との比較はできませんが、具体的なプロンプトに関する質問も多く受けたことから、比較的皆さんが興味を持ち、ついてきてくれたと感じています。
また、生成AIの様々な使い方やノウハウを学んでもらえたのも成果だと考えています。たとえば、ビジネスプランというのは最終的に自分の想いが込められていないといけません。そこで、生成AIに「私の事業の理念を策定するために考えるべきことは何ですか?」といった質問をし、生成AIをコーチングに活用する方法も教えました。授業のアンケートを見ると、自分の考えを引き出すために生成AIを活用できるという部分に対する感想も多かったので、使い方やノウハウを学んで貰えたのではないかと考えています。
Q: 授業に生成AIを組み込むデメリットについて教えていただけますか?
A: 生成AIは細かい数字の部分が苦手なのもあり、後半の財務諸表に関する授業では生成AIの活用が十分にできませんでした。次に機会があれば、財務諸表について学ぶ際にうまく生成AIを活用する方法を探っていきたいと考えています。
また、生成AIの答えをそのまま自分のアイデアとして使うなど、生成AIに頼りすぎるがあまり、学生の成長を阻害する危険性があるとも感じています。もちろん授業内で最終的には自分のアイデアや想いがこもっているかどうかが重要だということは強調しましたが、学生が生成AIに頼りすぎてしまうリスクには気を付けないとなと思いました。
Q: 学生が提出した課題が生成AIに頼りすぎているかどうかはどのように判断できるのでしょうか?
A: ある学生が「オンラインにあるゲームをボードゲーム化したい」というアイデアを出してきました。学生のそのゲームに対する強いこだわりは課題を通して伝わってきたんです。明確な判断基準の言語化は難しいのですが、想いがこもっているかどうかは学生の文章を読めば判断できると考えています。
学生自身の経験や欲求がそのビジネスプランに至った背景に反映されているかどうかも重要です。もっとも、生成AIを使いこなしても、それが自分の体験をもとにしたアイデアであれば、それはそれで良いのではないかと思いますが。
実際、提出された課題の中には、「これは生成AIが書いたのではないか」と思われるものもありました。その課題は独自性に欠けたビジネスプランだったため、評価を下げました。
Q: 独自性や想いの部分は、生成AIで代替するのは難しいんですね。
生成AIに丸投げしていると、そこは難しいですよね。最初の方は丸投げのような回答も見られましたが、後半になるにつれて、そういったものは減っていきました。学生自身が途中で「これじゃダメだな」と気づくのだと思います。
Q: 先生ご自身が生成AIを使って課題の評価を行うことはありましたか?
A: 今回は生成AIを使った評価は行いませんでした。課題ごとにプロンプトをうまくチューニングして評価をすることができれば、ある程度は活用できる可能性はあるかもしれませんね。ただし、私自身が提出された課題に対して追記やアドバイスも行いたいので、今後も生成AIに評価を全て任せることはしないと思います。
Q: 学生が生成AIに頼りきって課題をこなす問題についてどう向き合えば良いでしょうか?
A: 私の娘が通うシンガポールのインターナショナルスクールの先生も、将来的には生成AIが作った回答と学生本人が作った回答の区別がつきにくくなる時代が到来すると言っていました。ですので、最終的な結果だけを評価するのではなく、学生の考え方が発展していったかのプロセスを評価する必要があると思います。これは、教育者として重要な視点の一つだと考えています。
私自身も、ビジネスプランが学生自身のものか生成AIに頼ったものかを判別するために、これまでの提出物と見比べ、学生の考え方がどう発展していったかを確認しました。最終結果ではなく、途中の過程をより評価する方向に教育がシフトしていく必要があると思います。
Q: 最後に、生成AIについて専門学校や大学の先生方へのメッセージはありますか?
A: 学生は今後どんどん生成AIを活用していくと思いますし、テクノロジーの進化は止められないので、先生方も生成AIの波に飛び込むしかないと思います。ただし、学生が生成AIを頼りすぎるがあまり自ら考えなくなる危険性といったデメリットも確実にあるはずなので、それを教育者としてきちんと理解し、学生に安全な使い方を教えるのが教育者としての義務だと思います。ただし、これらはまだ発展途上の議論だとは思うので、これから教職員で考えていきたいテーマですね。