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【第2回】クリエイターと生成AIのリアル|小説家の生成AI活用法と教養の重要性

2025年2月7日作成
はじめに
これまでデジタルハリウッドアカデミーでは、デジタルハリウッド大学の教員や学生による生成AIの活用事例を紹介してきました。
今回は、デジタルハリウッド株式会社・執行役員かつ小説家の池谷和浩さんに、プロの小説家の生成AI活用法について伺いました。また、生成AI時代だからこそ学校教育機関で「教養」を蓄える重要性についてお話しています。
ぜひ最後までお読みいただければ幸いです。

Q:まずは、小説家としての普段の活動について教えていただけますか?
私はいわゆる”兼業”の小説家です。2023年に「第5回 ことばと新人賞」を受賞したことで書籍として刊行していただく機会を得ました。
受賞作「フルトラッキング・プリンセサイザ」は、ソーシャルVRなどのテクノロジーカルチャーを取り込み、リアリズムの手法で描いた作品です。書籍化に際して書き下ろした続編的な作品には、生成AIのプロンプトエンジニアリングを重要なモチーフとして組み込みました。テクノロジーの進化に伴って生まれる新しい文化を小説の題材にすることは、私が取り組んでいるリアリズム小説の可能性を拡張する試みでもあります。
※リアリズム小説…現実の社会や身近な物事をあるがままに描写しようとする文学のスタイル

Q:生成AIについて、特にどのような部分に魅力を感じていますか?
現在一般ユーザー向けに普及している生成AIのサービスには大きく分けて2つの機能があります。ひとつはChatGPTやClaudeのような大規模言語モデル(LLM)で文章生成を行うもの。もうひとつはStable Diffusionなどの画像生成です。私は最初、画像生成に強い魅力を感じました。
たとえば、デジタルハリウッド大学大学院の特任教授でご自身もイラストを描かれる白井暁彦先生が「AIによる画像生成でも、人間が絵を描くときの快感を得られる」というお話をされていて、「これは大発見だ」と感じました。絵が描けない私にとって、画像を自分で用意できるのは大きな喜びです。
個人で書いているnote記事のカバー画像は、私がカスタマイズしたChatGPT(GPTs)に文字情報を与えて生成させています。特に詳しい指示をしなくても、常に同じコンセプトの服を着た人物が描かれるよう設定しているんです。あらかじめ複数のパターンを作り溜めておけば、新しい記事を書くときにそこから選べばよいだけなので、とても便利ですね。単純に「楽しくて使いやすい」というのが、画像生成AIのいちばんの魅力だと思います。


▲noteのカバー画像には、小説の主人公「うつヰ」の姿が。この画像を生成したGPTs(カスタムGPT)は公開されており、読者が自身で生成することもできる

Q: 文章生成AIにおいてはどのような魅力を感じていますか?
私はリアリズム小説を執筆するうえで、自分の実体験や体感が重要な材料になると考えています。ところが、旅好きの作家さんのように多くの現地体験があるわけではないので、資料写真だけでは十分にリアリティを掴めず、書き切れない場面がありました。
そこでChatGPTが役立ちます。たとえば美容室の画像をアップロードし、それを参照して「こんな内装の美容室を描いてほしい」と依頼すると、具体的な空間イメージの文章を生成してくれます。さらに「この美容室を訪れたお客さんの体験を、心情描写無しで具体的にレポートして」と指示すると、「入り口の右手に観葉植物があり、その前には大きな窓が……」といった詳細な描写が得られるんです。
そうしたAI生成のレポートを複数読むことで、自分が実際に行ったかのような疑似体験を脳内に作り出せる。これを元に小説の場面を描けるわけです。いわばリサーチアシスタントのような感覚で、素材や空気感を補ってくれるのがChatGPTの大きな魅力です。

Q.創作(文学)においてChatGPTは、どのような役割を果たせるでしょうか?
アイデアを出す、調べ物をする、対話を通じて新しい気づきを得る、先ほど話したように体験や妄想を拡張する、といった企画・設計の段階では、ChatGPTが強力な助けになります。ただし、本文を書く段階では、常に自分自身で書く必要があります。
なぜなら、私が制作しているような作品では、言語表現そのものの実験や開発にも価値があるからです。そして、無意識の領域から湧き上がってくる文章や、今の体調や感情に左右されるような「一回性」にある種の力が宿るので、ChatGPTに本文そのものを書かせるということは行っていません。
書き出す直前まで考えてもいなかったような言葉や展開が突然生まれたり、それによって物語が思いがけない方向に進んだり、よく言われる「キャラクターが勝手に動き出す」ということが起こる。もちろん、犯人やトリックを先にChatGPTで論理的に組み立て、ミステリーの骨子を作るといった使い方も可能でしょう。しかし私にとっては、プロセスの変化への驚きや、作業に没頭している時間こそが執筆の醍醐味なんです。生成AIが優秀になるほど、書き手の知覚や無意識が言語芸術の核心になっていくように感じています。
池谷和浩氏

Q.生成AIを使うことに反発がある人もいますが、どのようにお考えですか?
画像生成AIを使って楽に対価を得ようとすることへの嫌悪感や反発心という話であれば理解できます。ただしそれは生成AIに限らず、社会全体においてずっと存在してきた問題だと思っています。「努力した人が報われないなんておかしい」と、なぜこれほど多くの人が声を上げなければならない状況にあるのかが、むしろ問題の本質だと思います。
「自分のデータが生成AIの学習に使われるのが嫌だ」という意見についてですが、小説家としての立場から、私はまったく逆の考えを持っています。まず、広義のエンターテインメントとしての一般文芸は、多くの人に受け取られることで価値が広がっていきます。そのためには、読みやすく、自然に感じられる言葉で書かれている必要があります。そういった、いま私たちが生活で使っている日本語というのは、歴史に連なる言語の専門家たちが開発し、整備してきたフォーマットなのだと考えてみましょう。たとえば夏目漱石が『吾輩は猫である』で書いた文章が、実験的である一方で面白いと評価され浸透したからこそ、現在はユーモラスでわかりやすい一人称の小説が広く受け入れられているわけなんですね。
そのような考えを踏まえて、私は小説を言語芸術として制作に取り組んでいるため、一人称なのか三人称なのかわかりづらいと評判の(笑)文体で書くなどの実験をしているわけです。その結果、私の小説がたくさんの人に読まれ、馴染まれることで、いつかプレーンな日本語として受け入れられる可能性もあります。そうした営みが世界中で行われることで言語は学習され、変化してきたのです。だからこそ、古典は偉大なんですよね。過去の文章を読むことで、その言葉を使って次の世代が話し、書いていく。その過程で我々のクリエイションも学習され、人類の文化が続いていくのです。そういう意味で、私は「自分の書いた文章を大いに取り込んでくれ。学習されるためにクリエイトしているんだ」と思っています。

Q.クリエイティブ業界で生成AIを活用することはマストになると思いますか?
マストになるかどうかは、作業そのものに喜びを感じられるかどうかにかかっているのではないでしょうか。その作業による利便性がある程度高く、それ自体が楽しければ、大いに取り入れられるでしょう。逆に、作業が苦痛でつまらないものであれば、自然と使われなくなると思います。

Q.このような時代に学校教育機関は今、何を教えるべきだと思いますか?
実は生成AIを使うこと自体はとても簡単で、いつでも、誰でもキャッチアップ可能なんです。今日からだって始められる。でも、「良い結果を得られるプロンプトを入れられるかどうか」には明確な差があります。それは使い手が教養を蓄えてきたかどうか、ということです。
ギリシャ神話の知識や、美しい構図の理解、名画や名作映画を観た経験、歴史についての知識などがあるからこそ「こんな画像が欲しい」という指示を出すことができる。
また、例えば新海誠監督の作品を見て、その映像美と人に与える効果を知っている人でなければ、「セルルックスタイルで仕上げてほしい」という指示をする発想自体が生まれないはずです。逆に、アニメだけを見ていても、セルルックスタイルが他と比べてどのように効果的であるかを理解することができないかもしれない。だから、何を教えるべきかということで言えば、知の源泉としての教養を教えることの重要性がますます増していると言えます。良い映画や名画をたくさん観ること、物の名前を正確に知ること、歴史を学ぶこと――こうした教養があることで、生成AIや他の新しいツールをより効果的に活用できるのです。デジタルハリウッド大学が教養科目を積極的に設置しているのも、こうした考え方が根底にあります。
これまでの時代、単に言葉を知っているだけでは「それがどうした?」という問いに終始していたかもしれません。しかし、生成AIが普及した現代では、自分の内面にある言葉を起点として具体的なアウトプットを実現できるようになりました。それをチャンスと捉えて活用することを選ぶならば、あとは各々の好奇心が自ずと新たな学びを呼び起こしていくでしょう。

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