【第8弾】生成AI×教育実践事例インタビュー|実務で使いこなすAIスキルと人にしかできない仕事の価値

2025年2月27日作成
はじめに
デジタルハリウッドでは、これまでデジタルハリウッド大学/大学大学院の先生方に、生成AIを活用した教育実践事例をインタビューしてまいりました。今回は、サイバーエージェントに所属しながらデジタルハリウッド大学大学院で教鞭を取る中橋敦先生にインタビューをいたしました。
第一線で活躍する中橋先生が、どのように生成AIを業務レベルで活用しているのか?について詳しくお伺いしています。ぜひご覧くださいませ。
中橋敦特任准教授プロフィール
2008年サイバーエージェント中途入社後、営業を経てクリエイティブ・プランナーへ転籍。現在は広告事業本部のクリエイティブ局長 / クリエイティブディレクターを務める。また、クリエイティビティ×AIをテーマとしたグループ会社”CYPAR”のCMOを兼任。 デジタルとフィジカルの融合をテーマとした企画、クリエイティブ開発を得意とする。ブレーン「いま一緒に仕事をしたいU35クリエーター」の一人に選出。Instagram主催 Mobile Creative Award2019審査員。NewYorkFestival, AMEaward 2020 Grand Jury審査員担当。主な受賞歴に、SpikesAsia, ADFEST, New York Festival, AMEaward, ACC, JAA消費者が選んだ広告賞など。宣伝会議、ブレーン、IT批評、プレジデント、日経新聞など各種専門紙、雑誌等での出演・寄稿多数及び各種講演(デジタルマーケティング/2Oセミナー等)多数
https://gs.dhw.ac.jp/faculty/visiting/atsushi-nakahashi
Q: 中橋先生が現在担当している「クリエイティブ特論B」について、概要を教えていただけますか?
テクノロジーとクリエイティブの関係性がどのように変化してきたのかを、時代を追いながら遡り、新たなコミュニケーションの形を探る授業です。古くは聖書や教会での伝達の時代から、印刷技術の発展、電波の誕生、インターネットの普及…と移り変わる中で、人々が「伝える」という行為をどのように捉えてきたのかを学びます。そして、現代においてどのような考え方や伝え方が存在するのかを探求していきます。また、生成AIを使ったアイデアの出し方も教えています。
Q: 授業に生成AIを取り入れようと思った経緯はありますか?
大前提として、すでに「生成AIを使う時代」に入っているという認識があるからです。生成AIは長く使い続けるほどスキルが向上し、使いこなせるようになるツールです。早いうちから触れておくことが重要だと考えているため、授業に生成AIを取り入れました。
Q: 中橋先生は大学教員であると同時に企業人であると伺っております。所属されている企業ではどのように生成AIを活用していますか?
私は現在サイバーエージェントという広告代理店に所属していますが、クリエイティブ制作の過程で、AIを活用することでチームストラクチャーから組み立て直す状況になっています。
また、生成AIを活用したクリエイティブ制作の仕組みをクライアント企業内に組み込むケースも出てきました。これにより、クライアント自身が生成AIを活用して広告クリエイティブを作成できるため、広告代理店に発注しなくてもよい仕組みが生まれています。つまり、生成AIによって、企業の業務構造自体や制作プロセスが変わりつつあるのです。そして、制作の難易度が下がり、コストも削減されてきています。
Q: 授業で生成AIをどのように活用していますか?
まず、ChatGPTを活用し「言葉をクリエイティブに生かす」ことにフォーカスしています。私たち人間にとって、アイデアを出すこと自体はそれほど難しくありません。しかし、それらのアイデアが課題に対する適切なソリューションになっているか、つまりアイデアのクオリティが高いかどうかは別の問題です。しかし、ChatGPTを適切に活用すれば高品質なアイデアを生み出せるため、授業ではその手法を伝えています。
Q: 具体的に、どのように生成AIにアイデア出しをさせているんですか?
ここでは一部をお話します。まずターゲット、インサイト(※1)、コンセプトを設定・整理します。次に「水平思考を用いて、既存の枠組みから離れたアイデアを出してください」と指定したり「オズボーンのチェックリスト」(※2)を活用するように指定します。そうすると、生成AIはより独創的なアイデアを出してくれることがあります。良いアイデアを出すためには、さまざまな角度からアイデアを拡散させることが重要ですが、生成AIを活用すればそのプロセスを加速させることができます。
また、アイデアを拡散した後は、優れたアイデアを見つけ出すことが重要です。そのために、生成AIに「どのカテゴリーがコンセプトや課題解決に最も近いか」を分析してもらいます。アイデアを分類し、最も有望なものを選び出す作業をAIと協力して進めることで、効率的に質の高いアイデアを選定できます。
(※1)消費者が潜在的に持っている本音や隠れたニーズ、行動の動機を示す洞察
(※2)アイデア発想を促進するための9つの視点をまとめたチェックリスト
Q: 質問の仕方次第では、仕事に役立つレベルのアイデア出しが出来るんですね!
普通に指示を出すだけでは、生成AIからはありきたりなアイデアしか得られません。そのため、さまざまな角度からアイデアを広げ、整理し、有望なアイデアの筋を見つけた上で、さらに深掘りするというプロセスが必要になります。この「アイデアを広げ、整理し、さらに磨き上げる」作業を重ねなければ、本当に価値のあるアイデアには到達しません。
ただし、これらをしっかりと実践しようとするとそれなりに労力がかかりますし、多くの人を集めて議論を重ねる時間やエネルギーを要します。そこで、生成AIを活用すれば、このプロセスを効率化できるというわけです。
Q: 生成AIを授業に取り入れたことで、学生からどのようなフィードバックがありましたか?
「使いこなすのは思った以上に難しい」という声が多かったです。おもちゃとして試しに使う分には楽しいのですが、プロレベルで実用的に活用するには、かなりの練習が必要になります。一方で、「生成AIのツールとしてのポテンシャルは理解できた」「もっと使いこなせるようになれば、より良い活用方法が見えてくるのではないか」といった意見も多かったですね。「まだ十分に使いこなせているわけではないが、生成AIの可能性を感じるきっかけにはなった」という段階の学生が多い印象です。
Q: 実務レベルで使いこなせているなと感じた学生のアウトプットはありましたか?
まだそこまでのレベルには到達していないと思います。しかし、生成AIを活用することで課題に対するアプローチのレベルが少しずつ上がってきているように感じました。短い時間で出されるアイデアの思考回数を考えると、人間が一人で考えるよりも、AIを使った方が厚みが増すのだと思います。
Q: 生成AIを使用する上で意識すべきことはなんですか?
「AIだからすごいことができる」というよりも、「人間が従来行っていたプロセスをAIと一緒に実践している」ということを意識すべきだと思います。
また、評価軸を明確にすることも意識すべきです。例えば、「良いアイデアとは課題を解決するものである」と定義する場合、まず「その課題は何か?」を明確にする必要があります。そして、「理想のゴールとはどのような状態か?」を明確にするのも重要です。これらが明確であれば、「このゴールに向かうアイデアを200個出しましょう」とAIに指示できますし、その200個のアイデアの中から、AIに「ゴールに最も近い20個」を選んでもらえます。ただし、最終的にはプロジェクトをリードする人間がどのアイデアを採用するかを決める必要があります。「何が良いか」という評価軸が曖昧なままだと、AIのアウトプットも的外れになりやすいため、評価軸を明確にすることが求められます。
Q: 生成AIのおすすめの使い方はありますか?
クリエイティブ領域における生成AIの活用方法には大きく分けて「言葉を扱う分野」と「ビジュアライズ(視覚的表現)の分野」があります。どちらを重視するかは人によりますが、誰もが比較的簡単に使い始められるのは「言葉を扱う分野」ですね。例えば、AIに話した内容を自動的に200文字程度に要約し、分かりやすく整理するように指示すれば、文章作成が苦手な人でもスムーズに表現できるようになります。
また、「書くのは苦手だけど話すのは得意」という人もいれば、「話すのは苦手だけど伝えたいことがある」という人もいます。こうした苦手分野をAIが補完することで、より多くの人が自分の考えを的確に表現できるようになるでしょう。このような活用方法を積極的に取り入れ、生成AIを補助ツールとして使いこなせる環境を整えていくことが、今後の教育現場に求められると思います。
Q: クリエイターは今後どのようなスキルが求められるでしょうか?
単なる表現スキルではなく、何を表現するのか、つまり「何を伝えるか」「どのように届けるか」という本質的な部分や企画力がより重要になっています。例えば、グラフィックデザイナーは、PhotoshopやIllustratorを使い、クリエイティブディレクターがイメージしたものを美しく表現するスキルが求められていました。しかし、今では生成AIによって7割程度のクオリティのものが自動生成され、仕上げ作業自体もそれほど難しいものではなくなりつつあります。そのため、クリエイターには「何を表現するか」といったコンセプト設計や、「どのように届けるか」といった戦略的な視点が求められる時代になってきていると感じています。
Q: 生成AIは、介護や保育などの「手を動かす職業」にどのような影響を与えますか?
生成AIによって、看護や介護、保育といった「人間が直接関わることで価値が生まれるサービス」の重要性が増すでしょう。こうした仕事は、単なる作業ではなく、対人関係や細やかな配慮が求められるからです。そのため、手作業を必要とする仕事の価値を上げるために「それ以外の業務をいかに効率化できるか」は重要になります。例えば、事務作業や管理業務をAIで圧縮し、より本質的な業務に集中できる環境を作ることが、結果としてその職種全体の価値向上につながるでしょう。
Q: 最後に、学校教育機関で働く先生方にアドバイスをお願いします。
今後、生成AIはスマートフォンと同じくらい普及し、デフォルトで搭載される時代が来ると考えています。そこで重要なのは「どのように使いこなすか」です。ただし、実際に使いこなしていなければ「どのように使いこなすか」のアイデアも生まれません。
現時点では、生成AIの導入や意識に関してかなりバラつきがある上、何が正解かがはっきりしていません。しかし、少なくとも「どのように使いこなすか」を知った上で生成AIの使用を選択できる環境があることが理想的だと考えています。
生成AIを活用するかどうかは個人や組織の判断に委ねられる部分も多いですが、何も知らないまま時間だけが過ぎてしまうのは、もったいないことです。そこで一緒に、生成AIを適切に活用しながら、学生が「発想力」や「創造的思考」を身につけるような環境を作っていきましょう。